2025.12.05 (金)

税理士事務所が受けた税務調査——自ら経験して見えた「確認されるポイント」と備え方

   

「先生の事務所に税務調査で伺います。」

その一言を電話越しに聞いた瞬間、長年数多くの顧問先の税務調査を経験してきた私であっても、思わず姿勢を正しました。これまでの税務調査は、顧問先の代理として受け答えする立場でした。しかし今回は、通知された調査先が“自分自身の事務所”だったのです。

調査の対象となったのは、個人事業として続けてきた業務を法人へ引き継ぐ、いわゆる「法人成り」をして1期目の申告が完了したタイミングでした。

 

税務署の担当者からは次のように説明されました。

「今後、個人の事業所得としての申告がなくなるため、最終年分の内容を確認しておきたいという趣旨です。」

税務調査の現場には日頃から慣れているはずでも、いざ自分が調査対象となると、独特の緊張感が生まれるものです。

 

資料の整理、説明のポイントの確認、個人から法人へ移行した部分の整合性……ひとつひとつ丁寧に準備し、当日に臨みました。 結果として、申告内容はすべて適正と認められ、「申告是認」の通知を受けることができました。

 

しかし同時に、「法人成り直後」という特殊なタイミングが、税務署側から見て“確認すべきポイントが多い状態”であることを、身をもって理解する機会にもなりました。

本稿では、その経験をもとに、

  • なぜ法人成り直後に税務調査が行われやすいのか
  • 実際に確認されたポイント
  • 法人成りを予定する事業者が準備すべき事項
    を、実務に即して整理します。
 

なぜ法人成り直後は税務調査の対象になりやすいのか

法人成りは決して珍しい手続きではありません。しかし、個人から法人へ主体が変わることで、税務署が確認したい項目が増えることも事実です。
法人成り直後の調査には、次のような背景があります。

 

個人事業の最終年分が「変則的」になりやすい

通常、個人事業主の所得税は「1月1日〜12月31日」の1年間が課税期間です。しかし法人成りをする場合、個人事業を途中で廃業することになります。

すると、

  • 売上・仕入・経費の計上期間が途中で切れる
  • 役務提供の時期と請求・入金時期がずれる
  • 法人に引き継いだ資産の期末残高処理が特殊になる

といった状況が発生し、税務署としては“抜け漏れがないか”を確認したくなります。

 

個人→法人へ引き継いだ資産、負債の処理確認

個人事業で使っていた資産(パソコン、機器、備品など)を法人が使い続ける場合、

  • 現物出資
  • 売買
  • 賃貸

のいずれかの取り扱いになります。

 

特に、

  • 資産の評価(帳簿価額か時価か)
  • 名義のまま利用している設備の取り扱い

などは、後から誤りが見つかりやすい部分であり、重点的に確認されます。

 

個人と法人の取引混同リスク

法人成り直後は、次のような状況がよく見られます。

  • 法人の銀行口座開設が間に合わず、個人名義口座を使用している
  • クレジットカードの名義が個人のまま
  • 水道光熱費や通信費も引き続き個人の契約
 

こうした状況では、

「どの取引が個人の経費で、どの取引が法人の費用か」
が混同されやすく、調査としても確認が必要になります。

 

事業形態の変更は税務署の重点管理項目

法人成りは、税務署に提出する「開廃業届」「法人設立届」などによって明確に把握されます。
税務署は、申告内容の継続性や整合性を確認するため、こうした事業形態の転換時をチェックポイントとしています。

 
 

実際の調査で確認されたポイント

今回の調査では、申告内容に誤りはなく、適正性が認められました。
しかし、その過程で確認された項目は、法人成り直後の事業者が共通して見ておくべき内容でした。

 

個人最終年分の売上計上の根拠

税務署はまず、個人事業の「最終月〜廃業日まで」の売上計上を中心に確認しました。
特に重視されたのは、

  • 役務提供日
  • 請求書発行日
  • 入金日

の3点の整合性です。

法人成りの時期は「役務提供は個人」「請求は法人」となるケースもあり、帰属の判断ミスが起きやすいため、丁寧に確認されました。

 

個人から法人へ移した資産の一覧と評価額

法人が引き継いだ資産については、

  • 種類
  • 資産の取得価額
  • 実際の使用状況

などの説明が求められました。

 

個人名義口座の利用状況と立替処理

法人設立直後の課題として、銀行口座やカードを完全に切り替えられない期間があります。

税務署は、

「法人取引を個人名義口座で処理していないか」
「立替精算書の作成が適正か」

を重点的に確認します。

今回、立替金の管理が明確だったため、特段の指摘はありませんでした。

 

役員報酬の決定手続

法人化後の大きな変更点として、「役員報酬」が発生します。
役員報酬は、原則として期首から3か月以内に額を決定し、期中での変更には厳格な制限があります(法人税法34条、施行令69条)。

調査では、

  • 報酬決定の議事録
  • 給与台帳
  • 支給実績と決議内容の一致

が確認されました。

 

個人・法人の費用区分の説明

携帯代、車両費、水道光熱費など、個人名義契約が残っている費用について、

  • どの部分が法人利用分か
  • 按分の根拠があるか

が確認点となりました。

 

法人成り前後に準備しておくべきポイント

今回の経験から、法人成りを予定する事業者が事前に準備しておくべき重要事項を整理します。

個人の廃業日・法人の事業開始日を明確にする

特に、

  • 売上計上日
  • 経費の帰属
  • 資産移転日

など、税務処理の基準となるため、必ず日付を明確にしておく必要があります。

 

資産一覧表の作成

法人が利用する資産については、
「取得価額・取得日・帳簿価額・使用状況」
を一覧化しておくことで説明が容易になります。

 

法人名義の口座・カードの早期準備

法人の信用確立だけでなく、税務調査時の説明責任の観点からも極めて有効です。

 

役員報酬の決定プロセスの整備

議事録の作成、給与台帳の整備、支給日の統一など、法人化後は形式面の整備が重要になります。

 

個人最終年分の売上・経費の帰属整理

領収書・請求書・契約書など、証憑の整合性が最も重視されます。

 

法人成りは節税策ではなく事業モデルの転換点

法人成りは「節税できる」という表面的なメリットが語られがちですが、実際には、

  • 資金管理の透明性
  • 組織としての信用力向上
  • 人材採用の柔軟性

など、事業運営に大きな変化をもたらす転換点です。

 

だからこそ、個人・法人の区分が曖昧なまま事業を進めると、税務上の誤りにつながる可能性があります。
今回の調査は、“税務署は制度の切り替えタイミングを丁寧に確認している”ことを改めて認識させるものでした。

 

まとめ:法人成り後の整備こそが事業の信頼につながる

今回の税務調査では、結果として申告是認の判断をいただきましたが、それは日頃からの帳簿整理や資産管理、個人・法人の区分明確化といった基本を丁寧に積み重ねてきたためです。

法人成りは、新たなステージへ進むための大きな一歩です。
その一方で、税務調査では、個人から法人へ移行する際の“つなぎ目”を重点的に確認されます。

 
  • 資産の移転
  • 売上・経費の帰属
  • 役員報酬の決定
  • 口座・カードの管理
 

これらを事前に整えておくことで、法人成り後の事業運営がよりスムーズになり、万が一税務調査があっても問題なく説明できる体制が整います。

税務調査は、適正な経理体制を構築できているかを確認する一つの機会でもあります。
制度を理解し、必要な準備を怠らなければ、恐れるものではありません。

税務調査に関して不明な点があれば、弊所までお気軽にお尋ねください。

 

TEL:0586-48-5507 

FAX:0586-64-6644 

mail:info@ooishi-kaikei.com

 

コラムの内容は、国税庁等の公式見解を示すものではありません。詳細は顧問税理士にご相談ください。当コラムの活用において生じた損害の一切の責任は負いかねます。

記事の著者

スタートアップサポート税理士法人代表者。
総合病院の勤務医のような存在よりも、個々の企業にとってのホームドクターのような存在でありたいと考えております。
日々の細かい会計処理のことから資金繰りや雇用、助成金、企業経営者にとって何でも気軽に相談できる良きパートナーとして専門的知識を生かしていきたい所存です。