2026.02.06 (金)
業績の良い会社の共通点⑤ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)が存在する。なぜ、社員が20人を超えると「社長の言葉」は届かなくなるのか? ~数字に強い会社が、実は一番大切にしている「MVV」の経済合理性~
目次
はじめに:私の懺悔と、ある「壁」の発見
正直に告白します。 かつて私が10名ほどの事務所を経営していた頃、世の中で高らかに叫ばれている「ミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)」の重要性について、頭では理解しつつも、腹の底ではこう思っていました。
「そんな綺麗な言葉を並べている暇があったら、目の前のお客様のために手を動かすべきだ」
「私の背中を見せれば、想いは伝わるはずだ」
実際、その規模感であれば、それでも組織は回っていました。事務所内を見渡せば全員の顔が見え、私が「右だ」と言えば即座に全員が右を向く。毎日のランチや、ふとした雑談の中で私の考え方は自然と浸透し、いわゆる「阿吽の呼吸」で業務が完結していたのです。 この時期、私にとってMVVは、大企業がパンフレットの余白を埋めるための「飾り」程度にしか映っていませんでした。
しかし、組織が20人を超えたあたりから、明らかな違和感を覚え始めました。 さらに言えば、そこから組織をより大きく成長させようとイメージした瞬間、強烈な危機感に襲われたのです。
「あれ、伝わっていない?」
私が当たり前だと思って指示したことが、現場には意図とは異なる形で伝わっている。 「なぜ、あのような判断をしたんだ?」とスタッフに問うと、彼らなりの正義で動いているが、それは私が求めている方向とは微妙にズレている。 新しく入った社員と、創業期からいる社員との間に、見えない温度差や溝が生まれ始めている。
私はその時初めて理解しました。 10人の時に機能していた「以心伝心」は、組織の規模が2倍になった瞬間に、機能不全を起こすのだと。そして、物理的に全員と密にコミュニケーションを取るのが不可能になった時、私の代わりに社員を導く「羅針盤」がなければ、組織はバラバラになってしまうのだと。
MVVは、決して飾りなどではありませんでした。 それは、経営者が一人一人に指示を出せなくなったフェーズにおいて、組織を束ね、自走させるための、極めて実務的で、切実な「経営インフラ」だったのです。
本稿では、私自身が「不要論」から「絶対必要論」へと転換した経験を踏まえ、多くの成長企業が直面する「20人の壁」の正体と、それを乗り越えるためのMVVの実装について、税理士という実務家の視点から解き明かしていきたいと思います。
第1章:「20人の壁」で組織が軋む構造的理由
なぜ、10人ではうまくいき、20人ではうまくいかなくなるのでしょうか。 「社員の質が落ちたからだ」と嘆く経営者もいますが、多くの場合、原因は「人」ではなく「構造」にあります。
コミュニケーションコストの爆発的増大
人が増えると、コミュニケーションの複雑さは足し算ではなく「掛け算」に近い勢いで増えていきます。 コミュニケーションの経路数は「n(n-1)/2」という公式で表されます。
- 5人の組織: 10通り
- 10人の組織: 45通り
- 20人の組織: 190通り
10人から20人へと人数は2倍になっただけですが、コミュニケーションの経路(=認識のズレが発生するリスク箇所)は4倍以上に膨れ上がっています。 10人の頃は、社長一人がハブとなって全員と情報を共有することが可能でした。しかし、経路が190通りにもなると、社長が介在しない場所で情報のやり取りが行われるのが当たり前になります。
ここで、共通の判断基準(OS)がインストールされていないと、現場レベルで誤った判断が連鎖し、気づいた時には取り返しのつかないトラブルになっている――これが「20人の壁」の正体です。
「暗黙知」から「形式知」への転換
創業期のメンバーは、社長と苦楽を共にし、同じ釜の飯を食べる中で「ウチの会社ならこうするよね」という不文律(暗黙知)を共有しています。 しかし、20人を超えて入社してくる社員は、創業の熱狂を知りません。彼らは純粋に「仕事」として入社します。
ここでMVVという「言語化された基準(形式知)」がないと、新しい社員は何を頼りに仕事をするでしょうか? それは、「自分の過去の経験」です。 「前の会社ではこうでした」「一般的にはこうです」という主張が増え、会社としての求心力よりも、組織をバラバラにしようとする「遠心力」が勝り始めます。
社長のコピーを作ることはできません。しかし、社長の「判断基準」を言語化し、インストールすることはできます。それがMVVなのです。
第2章:税理士が解き明かす「MVVの経済合理性」
私は税理士として、常に「投資対効果」を意識しています。 精神論として「MVVがあった方がいい」と言っているのではありません。経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の観点から見て、MVVへの投資は極めてリターンが高いのです。
「採用コスト」と「定着率」への影響(ヒト)
中小企業にとって最も痛い出費の一つが、採用ミスマッチによる早期離職です。 エージェントに支払う紹介料、教育にかけた時間、そして現場の疲弊。これらは決算書の「採用教育費」以上に、見えないコストとして経営を圧迫します。
MVVが明確な会社は、採用の入り口で「スクリーニング」が機能します。 「うちはこういう価値観で、こういう世界を目指している。これに共感できないなら、どんなに優秀でも合わないよ」と明示することで、入社後の「こんなはずじゃなかった」を防ぐことができます。 スキルは後から教えられますが、価値観を変えることはほぼ不可能です。MVVは、高コストな「採用の失敗」を防ぐ最強のフィルターとなります。
「意思決定スピード」の向上(時間)
社長の時間が奪われる最大の要因は、「些細な決裁」と「やり直し」です。 判断基準が社長の頭の中にしかないと、社員は「これでいいですか?」といちいち確認に来ます。あるいは、勝手に判断して間違え、社長が尻拭いをする羽目になります。
Values(行動指針)が「迷ったらスピード優先」「迷ったら顧客満足優先」などと明確に定まっていれば、社員は現場で即断即決できます。 「当社のValueに照らし合わせて、こう判断しました」という報告が上がってくるようになれば、社長は現場のマイクロマネジメントから解放され、本来やるべき「未来の仕事」に時間を割くことができます。
「資金調達」への影響(カネ)
銀行融資や投資家からの出資を受ける際、彼らは何を見ているでしょうか。 当然、過去の決算書(BS/PL)は見ます。しかし、それ以上に「この会社は将来どうなるのか?」という成長性を見ています。
特に、過去の実績がまだ小さい成長企業の場合、頼りになるのは「未来への地図」です。 「私たちは社会のこの課題を解決するために存在し(Mission)、3年後にはこの市場でここまでのシェアを取り(Vision)、そのためにこのような戦略を実行します」 このロジックが一貫し、経営者の言葉に熱が宿っている時、資金の出し手は「数字の向こう側」にある可能性に賭けることができます。 MVVは、資金調達における「信用力」の一部なのです。

第3章:失敗しないMVVの作り方と運用の肝
では、実際にどのようにMVVを導入すればよいのでしょうか。 多くの会社が陥る失敗は、「かっこいい言葉を作って満足し、額縁に入れて飾って終わり」にしてしまうことです。これでは何の意味もありません。
綺麗事よりも「泥臭い本音」を
「社会貢献」「お客様第一」といった、どこかで聞いたような美辞麗句を並べても、社員の心には響きません。 私が20人の壁を感じた時、改めて見つめ直したのは「自分たちが何に怒りを感じ、何に喜びを感じるのか」という原点でした。
- なぜ、我々はこの事業をやっているのか?
- 他社がやってもいいことを、なぜわざわざ我々がやるのか?
- 100年後、この会社はどうなっていたいか?
これらを突き詰め、多少不格好でも「自分たちの言葉」で紡ぎ出すことが重要です。社員が口にしたくなる、あるいは判断に迷った時にふと思い出す、そんな体温のある言葉である必要があります。
「評価制度」との連動が不可欠
MVVを形骸化させないための最大のポイントは、評価制度との連動です。 例えば、「チームワークを大切にする」というValueを掲げているのに、自分勝手なスタンドプレーで売上を上げた社員が一番評価され、ボーナスをもらっていたらどうでしょうか? 社員は敏感です。「結局、会社は売上がすべてなんでしょ」と見透かし、その瞬間、MVVはただの壁のシミになります。
「数字」だけでなく、「Valueを体現した行動」を評価する。 昇給や昇格の要件にMVVの実践を組み込む。 ここまでやって初めて、会社の本気度が伝わり、組織風土として定着していきます。
おわりに:数字は「結果」、MVVは「原因」
税理士という仕事柄、私は常に「結果」である決算書と向き合っています。 しかし、良い決算書(結果)を作るのは、日々の社員の行動であり、その行動の質を決めるのがMVV(原因)です。
「売上が上がって余裕ができたら、MVVを作ろう」 そう考える経営者の方もいますが、順序は逆かもしれません。 「MVVという軸があるからこそ、組織が強くなり、結果として売上がついてくる」のです。
かつて「10人の壁」の中でMVVを軽視していた私が、今こうして重要性を説いているのは、実際に組織の混乱を経験し、それを言葉の力で乗り越えてきたからです。 もし今、あなたが従業員の増加とともに「組織の軋み」や「壁」を感じているのなら、それは経営者としてのステージが変わる合図です。
一度、数字を追う手を少しだけ止めて、 「私たちは何のために集まっているのか?」 という根本的な問いに向き合ってみてはいかがでしょうか。
その「言葉」の確立こそが、次の成長ステージへの最強の投資になることを、私は確信しています。

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